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浦和地方裁判所 昭和56年(ワ)785号 判決

原告 三ツ木雅彦

右訴訟代理人弁護士 高原誠

被告 海外貿易振興株式会社

(旧商号) 三越ゴールド株式会社

右代表者代表取締役 園花孝司

〈ほか二名〉

右三名訴訟代理人弁護士 刀根國郎

右三名訴訟復代理人弁護士 阿部正博

主文

一  原告の被告海外貿易振興株式会社に対する主位的請求を棄却する。

二  被告ら三名は、原告に対し各自金五〇〇〇万円及びこれに対する昭和五六年一〇月九日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、被告らの負担とする。

四  この判決は第二項、第三項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

「1 被告らは、原告に対し連帯して金五〇〇〇万円及びこれに対する昭和五五年一〇月九日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。2 訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行宣言

二  被告ら

「1 原告の請求を棄却する。2 訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  被告海外貿易振興株式会社(以下被告会社という)に対する請求

(主位的請求)

不当利得返還請求

(一) 被告会社は、外国通貨及び金の交換取引に関する事業を目的とする株式会社である。

(二) 原告は、被告会社との間で昭和五四年一〇月五日次の約定で買付委託契約(以下本件契約という。)を締結した。

目的物 金塊計五六三八キログラム

価格 金一八一億五四三六万円(一グラム当り金三二二〇円)

引渡期日 昭和五五年九月二六日から四営業日以内

引渡場所 大宮市三篠町井苅七五

(三) 右契約締結の際、原告は、被告会社に対し、右取引予約金として金六四〇〇万円を預託した。

(四) しかし、本件契約は、次のような事情から公序良俗に違反するので、無効である。

(1) 本件契約を含む原告と被告会社間の一連の金地金取引は、東京金為替市場と称する私設の金地金市場を土台にするものであるが、右市場は、何らの法的規制も監督官庁もないうえ、被告会社を含む加入会員と顧客との取引の紛議につき自立的紛争解決機関も有しないなど需要と供給によって金相場が自由かつ公正に形成される保障が全くなかった。

(2) 被告会社は、原告を含めた顧客に対し、右市場を媒体とする取引の重要事項を告知しなかった。

(3) 委託者の注文を右市場に取り次ぐ被告会社は、その扱う金地金の数量および取引額が大きいにも拘らず財産的基礎は脆弱で、右取引から生ずる責任を全うする力はなく、また、人的構成の面からみても業務を公正かつ的確に遂行するための知識や経験も、社会的信用もない状態であった。

(4) 被告会社と原告を含む顧客間の金地金取引は、「予約取引」という名称が用いられているものの、その実態は先物取引である。すなわち、原告が被告会社との間に、金の取引を開始したのは、昭和五三年一二月からであり、別紙のとおり金員を現実に出捐したが、被告会社の巧みな口車にのせられ、多少の利益が出るのに応じて、それ迄の利益分を次々と買注文の保証金にあてさせられ、途中清算を求めたことは何度もあったが、その都度反対売買によって清算することはできないと言われ、やむをえずずるずると出捐が増加し、本件取引に応ぜざるをえなかったのである。

したがって、本件契約は無効であるから、原告は被告会社に対し、右契約に際し預託した金六四〇〇万円の不当利得返還請求権を有している。

(予備的請求)

原告は次のものを選択的に請求する。

(一) 債務不履行による解除にもとづく原状回復請求及び損害賠償請求

(1) 主位的請求(一)及び(二)と同じ。

(2) 原告は、被告会社に対し、昭和五五年一〇月一日到達の内容証明郵便をもって、同書面到達の日から三日以内に、前記金塊の引渡しのない時は、本件契約を解除する旨の意思表示をしたが、被告会社は右期間を徒過した。

(3) 原告は、被告会社に対し、本件契約締結の際、取引予約金として、それまで実際に同会社に交付していた金六四〇〇万円と原告が金地金取引によって得ていた利益である金一〇億六三六〇万円の合計額である金一一億二七六〇万円を預託した。

(4)① 前記のように本件契約締結の際の金塊の価格は一グラム当り金三二二〇円であったが、昭和五五年一〇月四日の時点における金塊の買取価格は一グラム当り金四五〇〇円であるから、被告会社の右債務不履行によって原告が得べかりし利益を失ったことによる損害は、右一グラム当りの差額に本件契約の金塊量をかけた合計金七二億一六六四万円である。

② したがって、原告は、被告会社に対し、本件契約解除にもとづく金一一億二七六〇万円の原状回復請求権及び金七二億一六六四万円の損害賠償請求権を有している。

《中略》

三  抗弁

1  被告会社に対する請求について

(一) 主位的請求の原因(四)に対し

かりに本件取引が公序良俗に反する取引であったとしたら、原告は不法原因のために給付したものの返還を求めていることになる。

(二) 予備的請求の原因(一)に対して

原告と被告会社間の本件契約においては、代金の決済は金塊引渡しの最長四日前に行なう旨の先履行の特約があったので、期限を徒過したとしても被告会社の債務不履行とはならない。

《中略》

五  再抗弁

1  抗弁1(一)に対して仮に原告の預託金給付が民法七〇八条の不法原因給付にあたるとしても、不法の原因はもっぱら受益者である被告会社にあるから、原告は民法七〇八条但書に基づいて給付したものの返還を求めうる筈である。

2  抗弁1(二)に対して

(一) 原告は被告会社代表取締役園花から昭和五五年九月二日と同月一〇日に、本件契約の引渡期日における金塊の引渡準備はできておらず本件契約数量の金塊を履行期までに準備することは不可能に近いから本件契約を白紙に戻して欲しい旨の通知をうけた。

(二) 本件契約の目的物は、昭和五五年当時における日本の金塊総保有量の約七割に相当する約五・六トンの金塊であり、被告会社が右金塊を原告に引渡すためには外国からの輸入によらなければならず、そのためには少なくとも数ヶ月の準備期間が必要と解されるところ、被告会社は、本件契約の履行期である昭和五五年九月二六日の二四日前及び一六日前に右金塊を準備していない。

(三) 右各事実によれば、被告会社が原告に対し、金塊の引渡しに先立ち代金の提供を求めることは信義則上許されない。仮に代金の提供が必要とされるとしても、原告は昭和五五年九月二六日から同月三〇日までの間、本件契約の引渡場所である大宮市三篠町井苅七五において右金塊代金及び手数料、運搬料の支払いを準備しそのことを被告会社に通知してその履行を待っていたものであり、右事実関係からみて、この程度の提供で足りるというべきである。

《以下事実省略》

理由

第一被告会社に対する請求

一  被告会社に対する主位的請求(不当利得返還請求)について

1  主位的請求の原因(一)ないし(三)の事実は当事者間に争いがない。

2  そこで本件契約が公序良俗に反する無効なものといえるかどうかについて検討する。

《証拠省略》を総合すれば、被告会社は、任意団体である日本国際金取引協会に加盟し、顧客からの金取引の注文に応じ私設市場たる東京金為替市場を通じて取引を行なっていたことが認められ右認定に反する証拠はない。

そこで被告会社による本件契約を含めた金市場を通じての金取引の実態がいかなるものであるかについて検討するに、《証拠省略》を総合すれば、右取引には大きく分けて、いわゆる「当日物取引」と「予約取引」があり、いずれも約定の日に金塊の受渡しがなされることになっているものの、「予約取引」については、約定の日以前に受渡しの決済を求めることができるものとされ、途中段階で反対売買による清算が認められていること、被告会社は大半を「予約取引」の形で顧客から受注し、その大部分につき反対売買による清算を行ない、現物の授受は実際には行なっていないことが認められ、右取引はその実態からみていわゆる「先物取引」(商品取引所法二条四項参照)に該当するものと認められる。

ところで、商品取引法八条は「何人も先物取引をする商品市場に類似する施設を開調してはならない」「何人も前項の施設において売買してはならない」と規定しているので、本件金取引は右規定による規制をうけるかどうかが問題となるが、金が同法二条二項の指定商品とされたのは本件取引後である昭和五六年九月であるから、本件取引が前記商品取引所法八条の規制をうけるかどうかは、同条が同法二条二項にいう「……政令で定める物品」すなわちいわゆる指定商品に限らずすべての商品についての取引に適用されると解すべきかどうかにかかるが、この点はさておき、かりにこの点について肯定的な解釈をとるとしても、同条は取締法規に過ぎないから、同条違反の契約が直ちに公序良俗に違反して無効となるものではなく、当該取引が顧客の無知に乗じて勧誘がなされ顧客の利益を無視するようなものである場合にはじめて無効となると解するのが相当である。

そこで検討するに、《証拠省略》を総合すれば、原告はタイセイ建興株式会社の代表取締役、サイショク商事株式会社の非常勤取締役をしていて他に五つの関連会社を有する実業家であり、被告会社の営業担当の栗原から金取引の勧誘を数度受けて金取引を開始するに至ったものであるが栗原の説明内容から被告会社を通じての取引はいわゆる先物取引であることを取引の頭初から認識していたこと、原告と被告会社間の金取引は昭和五三年一二月から昭和五四年一〇月までの間に二十数回にわたり行なわれていることなどの事実が認められ、本件契約を含む原告と被告会社間の一連の金取引が公序良俗に違反し無効であるとまでは認めることはできない。後記のとおり被告会社の経営が苦しい状況にあり、その財産的基礎が脆弱であったとしても、右結論を左右するに足りない。したがって、原告の被告会社に対する主位的請求は理由がない。

二  被告会社に対する予備的請求(一)(債務不履行による解除にもとづく原状回復請求及び損害賠償請求)について

1  予備的請求の原因(一)(1)ないし(3)の各事実は当事者間に争いがない。

2  ところが《証拠省略》を総合すれば、本件契約は、原告、被告会社間で取り交された金為替取引約定書記載の各条項に従うものとされていたが、右約定書によれば、金塊の受渡しは、本件契約のような買付注文にあっては、予約の約定限月の納会日から四営業日以内に行なわれることになっているのに対し、代金決済は約定限月の納会日当日に行なわれる旨定められていたことが認められる。したがって、本件契約には、結局代金の支払いを金塊引渡しの最長四日前に行なう旨の先履行の特約があったものと認められる。

3  しかしながら再抗弁2(一)(二)の事実は当事者間に争いがない。

そして、《証拠省略》を総合すると、本件契約履行のため原告から資金繰りの依頼を受けた右浅賀は自らこれを調達できなかったので、昭和五五年八月ころ、その知人の紹介で原告と一緒に某有力者の代理人と会って本件契約内容について説明し、同人から約一八〇億円の融資をうける約束をとりつけたこと、被告会社から引渡期日に履行をうけうれば右約束によりその代金の支払いが一応可能な状態であったこと、原告は昭和五五年九月二六日及び同月三〇日に被告会社に対し本件契約の履行を催告する通知をしていることが認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

ところで、双務契約において特約により当事者の一方が先履行の義務を有する場合にあっても、契約締結後相手方の財産状態の悪化などの事情の変化により反対給付の履行が期待しえなくなったような場合には、信義衡平の理念に照らし、相手方が担保を提供するか、履行が確実に行なわれることについて、何らかの保証を与えない限り履行を拒絶しうるものと解されるところ、前記認定事実によれば、特約により原告が被告会社に対し、代金の先払いの義務を負うとされた昭和五九年九月二六日の時点では、被告会社において本件約定量の金塊を原告に対し引渡す意思も能力もなく、履行が期待しえない状況にあったものと推認するのが相当である。したがって、原告は、右時点においては右特約に従った先履行の義務から解放されていたといえる。

そうすると、原告の代金支払義務の履行は、双務契約の基本原則に立ち戻って、反対給付と同時履行の関係に立つことになるものと考える。したがって、本件契約の解除が認められるためには、これに先立ち原告による履行の提供が必要となると解されるが、前記認定の状況の下では、その提供の程度は信義則上大幅に軽減されて然るべきである。ところで、原告が本件契約の解除の意思表示をする以前になした代金支払いの準備の状況については前記認定のとおりであって、これによれば原告は相当程度の履行準備をしていたと認められる。したがって、原告による本件契約の解除の意思表示はその効力を生じたとみるのが相当である。

4  ところで、予備的請求の原因(一)(4)の事実中、各時点における金塊の価格については当事者間に争いがない。そこで、原告がその主張のように得べかりし利益を失ったか否かの点につき検討するに、右利益喪失は、被告会社の本件契約の履行遅滞に伴ない通常発生する損害と認めることはできず、原告が被告会社に対して右損害を請求するためには、昭和五五年一〇月四日当時本件契約量の金塊を転売する予定であり、かつ転売しえたことを被告会社において予見していたか、予見することが可能であったことを原告において主張、立証しなければならないと解される。然るに、本件においては、右の点につき何ら主張も立証もないから、逸失利益の喪失による損害金として七二億一六六四万円を求めうるとする原告の主張は理由がない。

5  結局、被告会社に対し、債務不履行による契約解除による原状回復請求として預託した金一一億二七六〇万円の一部として金五〇〇〇万円及びこれに対する解除の後である昭和五六年一〇月九日以降の民法所定の遅延損害金の支払いを求める原告の請求は理由がある。

第二被告園花、同原田に対する請求

被告両名に対する請求(一)(商法二六六条の三第一項にもとづく損害賠償請求)について

1  本件契約当時から被告園花は被告会社の代表取締役、被告原田は被告会社の取締役であることは当事者間に争いがない。

2  ところが、《証拠省略》を総合すれば、被告会社は、金地金取引を主な目的として昭和五一年七月に設立され、昭和五三年六月ころには五つの営業所を有し、四、五〇名の従業員を使用するようになり、昭和五二年には約一六〇億円、昭和五三年には約二〇〇億円台、昭和五四年には約五〇〇ないし六〇〇億円、昭和五五年には約二〇〇〇億円の、昭和五六年には四、五〇億円の取引量があったものの、その経営は苦しく、昭和五四年六月には一三億円余りの、昭和五五年六月には八億円余りの各欠損金を出す自転車操業的な経営状態であり、昭和五七年には約一〇億円の負債を拘えて休眠状態にあることが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

そうすると、本件契約当時、被告会社には前記のように原告から預託をうけた多額の取引保証金の返還をなすことや、約定のような多量の金塊取引契約の履行をすることはいずれも困難な資産状態であったものと推認される。

しかるに、《証拠省略》を総合すれば、被告園花については、被告会社の右資産状態を十分認識しながら営業を継続しさえすれば何とかなるという安易な気持ちから予約取引等の業務を継続し、結局被告会社に多額の負債を発生させ原告に前記預託金相当の損害を生じさせたことが認められる。

そうすると、被告会社の代表取締役である被告園花は、特段の事情のない限り、その職務を行うにつき任務懈怠がありしかもこれにつき少なくとも重大な過失があったものとみるのが相当であり、原告に対し前記預託金相当の損害賠償の責任を免れない。また、前掲証拠によれば、被告原田は、直接金の予約取引には関与していないものの、金の現物取引やクルガー金貨の取引には関与しており、被告会社の右資産状態を容易に知ることのできる立場にあったにもかかわらず、取締役会の開催を求めるなどして、代表取締役である被告園花の業務遂行を十分に監視しなかったことが認められる。

そうであるとすれば、被告原田は、右取締役会の開催を求めるなどをして代表取締役である被告園花の業務遂行を十分監視しなかったことを正当とするような特段の事情についての主張立証をしない限り、取締役としてその職務を行なうにつき会社に対し任務懈怠があり、右任務懈怠には少なくとも重過失があったものと認められるところ、同被告は右特段の事情について何らの主張立証をしない。

そうすると、被告原田もまた原告に対し、被告園花と連帯して前記預託金相当の損害賠償責任を負うといわなければならない。

そうすると、被告園花、同原田各自に対し預託金一一億二七六〇万円と同額の損害賠償金の一部として金五〇〇〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和五六年一〇月九日以降の民法所定の遅延損害金を求める請求は理由があることになる。

第三結論

以上の次第で原告の被告会社に対する請求のうち、主位的請求は理由がないからこれを棄却し、選択的に求める予備的請求のうち、債務不履行による解除にもとづく原状回復請求は理由があるからこれを認容し、また原告の被告園花、同原田に対する選択的請求のうち、商法二六六条の三第一項にもとづく損害賠償請求については理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書、九三条第一項を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小笠原昭夫 裁判官 野崎惟子 樋口裕晃)

〈以下省略〉

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